13 January

並ばなくても行きたくない

ウチの近所に、ちょっと「行列ができる」中華そば(つけ麺のラーメンらしい)の店がある。私はラーメンはそれほど好きではないだけでなく、並ぶのも好きではないので利用したことがなく味については何も言えないが、土曜の昼は地元以外の人がわざわざやって来て行列を作っているようなので、それなりに美味しいのだろう。
よくテレビや雑誌の飲食店紹介で、名物店主のいる店というのがあるが、ここもその手の店だろうか、と思った。というのも、先日ちょっと気になる場面を目撃したからなのだ。
店内は満席で、店の入口前で数名の客が並んでいたとき、外からその店の人らしき年配の男性が無言で客の間に割って入り、ドアに手をかけて店に入っていったのだ。
私はこれをみて「なんて無愛想な人!」とすごく驚いたのだが、そのとき並んでいた若い女子2人組はなんとも思わなかった様子。だから、この店に並びに(食べに)来る客の間では、店主が無愛想なことは周知の事実なのかと思ったのだ。
店主と客の関係なら「お待たせしてすみません」とか「お待ち頂いてありがとうございます」とか言わないんだ?……って驚いた。というか、他人の間に割って入るなら「ちょっと失礼」とか「すみません」とか言うものだと思うけど。
並ばず入れるが味のまずい店は行きたくないが、店員の感じが悪い店は味が良くても並ばなくても行きたいと思わないな。
by mari (yenohemkcor)

22:44:23 | yenohemkcor | No comments | TrackBacks

10 January

ジャネーの法則

先日、学生時代の友人で集って新年会をした。みんなで机を並べて学んでいた頃が“つい昨日のよう…”というのが正しいような間違っているような。当時、英文学の教授が講義の合間の雑談で、ニコニコしながら言ったあることばがとてもよく記憶に残っている。
「ハタチまでが長いんだ。みんな早く大人になりたいか? 大丈夫、ハタチ過ぎたらあっという間だよ」
果たして、T教授の言ったことは本当だった。
いつの頃からか、誕生日や年末を迎えるとあのときの教室とこの台詞を思い出す。そして最近、ある小説を読んでいたらこの時間感覚について「ジャネーの法則」という名前があるのだと、初めて知ったのだ。
たしかに、大人になると1年がとても短く感じられる。まぁ、歳を重ねることには抗えないし、そのように感じられるからといって特に大きな問題もおきていないが、ちょっとだけ「問題ではないか」と思うこともある。
既婚者が、配偶者が歳をとることや子供が成長することを身近に感じることで時間感覚が調整される(?)のに比べて、私は独身なので体感時間が調整されにくい。おこがましいようだが、気持ちだけは10歳以上若い。だが、世間はそうは見なさない。
もともとの性格からして「歳相応の」だとか「年甲斐もなく」とか「いい歳をして」というような表現には馴染まないが、だからこそ「痛くない」大人でいたい、と思うのだ。
by mari (yenohemkcor)

21:58:09 | yenohemkcor | No comments | TrackBacks

06 January

マニュアル対応?

私は近視なので普段はコンタクトレンズを使用しているが、メガネも必要なのでいくつか持っている。ここ数年は、リーズナブルなセット価格でオシャレなメガネを作れることで人気の「Z」で作っていたが、思い立って後続の同業他社「J」で注文してみることにした。
この2社はチェーン展開しているので、自分の行きやすい店舗を選べる点で使い勝手も良いし、デザインや商品展開も似ているように思う。ただ、接客の印象は少し違っていた。
「Z」の店舗は3、4つほど利用したことがあるが、どの店舗でも特に問題を感じたことはない。一方「J」で注文するのは初めてなのでやや公平性に欠ける判断になるが、どちらかと言えば、いわゆる「マニュアル対応」に近い印象。後続参入のため、社会人経験の浅い若い社員が多いせいだろうか。
言葉遣いや物腰は丁寧で問題はないのだが、製品知識や接客(販売意欲)は「Z」のほうが良い(買いやすい)印象だった。客が迷ったり質問したりしたら、押し付けがましくなく購入につながるアドバイスや情報を客に与えるべきだと思うのだが、どうもやりとりがスッキリしなかった。
この店舗だけの特定の店員だけのことなのか、複数の店舗でも起こりえることなのかわからないが、次回はまた「Z」に戻ることになりそうだ。
by mari (yenohemkcor)

23:35:45 | yenohemkcor | No comments | TrackBacks

30 December

私とわたしとワタシ

平野啓一郎さんの『私とは何か「個人」から「分人」へ』を読んでいる。後半にさしかかったところだが、どのように彼の考えがまとめられるのか読むのが楽しみだ。どこかの書評でほんの少し興味を惹かれて気楽に読み始めたけれど、とても興味深い。自分が漠然と違和感を持っていたことが、論理的に語られていて読み進めると靄が晴れていくようだ。
前にもどこかで書いたけれど、私は目的によって友達を選ぶ。たとえば、映画に行くならAさんかBさんと、旅行にいくなら断然Cさんと一緒に、という具合に。でも、この「友達を使い分ける」というような考えになんとなく後ろめたさのようなものを感じていたけれど、この本を読むと案ずるには及ばないことがわかる。
つまり、私(やあなた)のしていることは極自然に「自分」を使い分けているに過ぎない。それは別人を装うだとか多重人格だということではない。「一個人」という表現からもわかるように、一般的に人格的個性は1つと考えられているけれども、「個人」は複数の「分人」から成っている、という考えがこの本では述べられている。
Aさんに対する分人も、Cさんに対する分人も、他者に与える印象は違うかもしれないが、噓偽りなく「私自身」に変わりがないということで、接する相手によって表に出る分人が変わるのはまったく自然なことなのだ。他者とのコミュニケーションが不快なものになるより、心地よいものになるほうがいいに決まっているわけで、旅行に誘うのがいつも仲良くしているXちゃんでなくて、年に数えるくらいしか会わないYちゃんであっても、問題ないのだ!
by mari (yenohemkcor)
23:01:03 | yenohemkcor | No comments | TrackBacks

27 December

色の不思議

何年かに一度、「赤」色が気になる時期がやってくる。もともと好きな色ではあるが、その時期には目に触れるあらゆる物の赤色が気になってしまう。価格と用途が見合えば、身につけられる赤い服や赤い装飾小物を買って楽しむ。
色彩学/色彩心理学では、赤が好きな人は外交的な人だという。これは当てはまらないなぁ…と思ったら、「外向的になりたいと思っている人」も赤を好む傾向があるという。あ、なるほど。私はこっちだ。
振り返ってみて、自分を取り巻く環境が変わるときに「赤」を身につけたくなり、またそれがよく似合うように思えるのだ。
by mari (yenohemkcor)
22:38:22 | yenohemkcor | No comments | TrackBacks